貧乏を売る

[#ここからページ下部縦組み]生命は食物以上のものであるとしても、食物は依然として必要なものである。――スマート『第二思想』     ×貧乏は人の社会的感情を殺し、人と人との間におけるいっさいの関係を破壊し去る。すべての人々によりて捨てられた人は、かかる境遇に彼を置き去りにせし人々に対しもはやなんらの感情ももち得ぬものである。――ボンガー『犯罪と経済状態』[#ページ下部縦組み終わり]

貧乏を売る山之口貘

 この間のことである。蛇皮線の大家と云われている人が、東京を引揚げて沖縄へ帰ることになり、その送別会が催されたが、場を変えて二次会になり、新橋のある泡盛屋にぼくはいた。ぼくは二年ばかりこの方、酒を遠慮しているのであるが、それでもまだずっとやめるというほどの気にはなれず、おっかなびっくりで、なめるようにしてそこにいたのである。そこへ、「この方が御面会です。」と云って、店の女の子が、名刺をよこしたのである。ある週刊誌のカメラマンである。障子を開けてのぞいてみると、若い人がカメラを持って立っていたが、すぐに近くに寄って来て云った。「いま実はお宅へうかがったんですが。」と云うのである。すでに暗くもなっているし、遠いところを、ここまで追っかけて来たのでは、余程急ぎのことであろうと察しはついたのであるが、御用件はときくと、「実は今日〆切りで急いでいるんですけれど、写真をうつさせていただきたいんですが。」と云うのである。カメラマンだから、そうには違いないわけであるが、即答しかねていると、「実はですね。奥さんと御いっしょのところをほしかったんですが、お留守だったんで先程奥さんだけ別にうつさせていただきました。それで仕方ありませんので別々に。」と云うのである。「なんに使うんですか。」「実はうちの雑誌でこういうダイジェストをやっているんですが、先生のこの間の放送の。」「放送?」

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