われわれはほとんど生《なま》の肉を食べたことはない

 We scarcely ate fresh meat, and I remember that our greatest luxury was half an egg for each child on Sunday morning.(われわれはほとんど生《なま》の肉を食べたことはない。そうして私はよく覚えているが、われわれの最大のぜいたくは、日曜日の朝、皆が鶏卵《たまご》を半分ずつもらうという事であった。)[#ここで字下げ終わり] ロイド・ジョージ伝の著者エヴァンスまたこの一句を引ききたっていう、「かかる絵に筆を入れて細かく描き足そうとするならば、かえってそれをよごすばかりである」と。されば私も、あわれなる靴屋《くつや》の主人が当時いかに苦心したかについて、もはやこれ以上は語らぬであろう。 古人も至誠にして動かざる者はいまだこれあらざるなりと言っているが、げに至誠の力ほど恐ろしき者は世にあらじ。博厚は地に配し、高明は天に配し、悠久《ゆうきゅう》疆《かぎ》りなし。見よ、貧しき靴屋の主人の至誠は凝って大英国の大宰相を造り出し、しかしてこの大宰相の大精神はやがて四海万国を支配せんとする事を。 伝え聞く、ロイド・ジョージの始めて大蔵大臣に任ぜられ、居をドウニング街の官邸に移すや、彼はその衷情を吐露していう。「余の親愛する老叔父《ろうおじ》は、その平素目して大英雄となせるグラッドストーンのかつて住まいしことあるこの官宅にきたって滞留することを、必ずや一代の面目となして大いに喜ぶであろう」と。今やそのロイド・ジョージがこの軍国多事の際に当たって、とうとう総理大臣となったのである。私はしるしきたって彼を思いこれを思う時、筆を停《とど》めて落涙するを禁じ得ざる者である。[#地から1字上げ](大正六年一月九日)

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