きょう友人がくれた手紙

       十二の一

[#ここから2字下げ]「さんらんの翡翠《ひすい》の玉の上におくつゆりょうらんの秋はきにけり「秋ふかみこごしく雨の注げばかこころさぶしえとどまりしらず[#ここで字下げ終わり] きょう友人がくれた手紙の端にはかような歌がしるしてあった。げに心に思うことども次々に語りゆくうちに、いつしか秋もいよいよ深うなった。この物語を始めたおりは、まだ夏の盛りを過ぎたばかりで、時には氷を呼んだこともあったが、今ははや炉に親しむの季節となった。元来が分に過ぎた仕事であったために、やせ馬が重荷を負うて山坂を上るよう、休み休みしてようやくここまでたどって来たが、もうこれで峠も越した。これよりはいっそ[#「いっそ」に傍点]のこと近道をして早くふもとにおりようと思う。 私は、前回において、私の議論はすでに社会問題解決の第三策を終えて、まさに第一策に入ったと言った。論思いのほか長きに失し、読者もまたすでに倦《う》まれたるべしと信ずるがゆえに、余のいわゆる第二策は、論ぜずしてこれをおくつもりなのである。――第二策とは「貧富の懸隔のはなはだしきを匡正《きょうせい》し、社会一般人の所得をして著しき等差なからしむること」で、いわゆる社会政策なるものの大半はこれに属する。もとより穏健無難の方策であるが、しかもこれを徹底せしむるならば、多くは第三策に帰入するに至るもので、かのロイド・ジョージ氏の社会政策がしばしば社会主義なりと非難されたるも、社会政策の実施は多くは社会主義の一部的または漸進的実現と見なし得らるるがためである。

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